公演レポート

「音楽のない人生なんて考えられない」〜2014年2月11日「アラン・ギルバート&ニューヨーク・フィル」公演を終えて

「音楽のない人生なんて考えられない」
— レナード・バーンスタイン(指揮者、1918−1990)。
人生の、はじめの一歩。
真新しい道を歩き始めたところで、音楽と出会う。

ジャーナリスト 鈴木ひとみ

「10代のためのプレミアム・コンサート」は、音楽との出会いがもたらす喜びと、楽しみを味わえる絶好のチャンスだ。

様々な人たちが、一人ひとり力を合わせて一緒に作り上げる、世界最高級の生の音を、みんなで分かち合えるのだから。

この「次世代の子どもたちに」「クォリティの高い音楽を」「特別価格で提供する」コンサート・シリーズの主催者は、Sony Music Foundation(公益財団法人ソニー音楽財団)。音楽、オペラ、舞踏などの普及向上を図るため、1984年に設立。2014年10月に30周年を迎えるにあたり、今回、記念事業公演を企画。世界屈指の名門オーケストラの演奏が、破格の価格で鑑賞できる仕掛けだ。

「10代のためのプレミアム・コンサート」の第一弾は、去る2月11日、アラン・ギルバート指揮、ニューヨーク・フィルハーモニックによる、東京サントリーホールでの特別公演だった。小学校1年から19歳までの子どもたちが、嬉しそうな顔で会場に向かう。大人、保護者は、子の同伴に限って、入場が許されている。今夜の主役は、子どもたちだ。

場内は、普段のクラシック・コンサートとは雰囲気が異なり、十代の若者で華やかに賑わう。いいな、若いって。なんだか、弾むような、新鮮なエネルギーを吸収するうち、開演と共に客席から司会のジャズ・ピアニスト、小曽根真が登場。彼の軽やかな語りで始まる。

1曲目は、ブリテンの「青少年のための管弦楽入門」。オーケストラの各パートを、身振り手振りを交えながら、日本語で解説するのは、NYフィルのバイオリン奏者、建部洋子さんを母に持つ指揮者、アラン・タケシ・ギルバート。アシスタントのジョセフ・ワイラースタインが、その隣で指揮を務める。

指揮者自身が、棒を振らず、通訳を付けず、楽器と音楽の説明をきちんと、やさしくしてくれるなんて。オーケストラの地元、NYっ子たちがうらやましがるような豪華さだ。

次に、復興支援のため、NYフィルが企画した組曲「ミュージック・フォー・フクシマ」。全6曲から成る。福島大学付属中校長の嶋津武仁教授の指導のもと、音楽を学ぶ同大付属の小中学生が書いた曲に、NYフィルの音楽教育プログラムで学んでいるNYの子どもたちが曲を書いて答える、という形の共作。

ソニー音楽財団が福島から招待した若い作曲家たちは、舞台後方に座り、お互いをちょっと突いたりして、嬉しそうな、誇らしげだ。自分が書いた曲を、名門オーケストラが目の前で演奏するなんて、すごいよね。

休憩の間には、舞台上の演奏者に握手を求め、話しかける子どもの姿もいる。なんだか自然で、いい感じ。そして、ホール内のコーナーで、飲み物やサンドイッチ片手に音楽談義中の親子連れ。和やかな雰囲気だ。

後半は、アラン・ギルバートの指揮で、バーンスタインの「ウエスト・サイド・ストーリー」から「シンフォニック・ダンス」。ここでNYフィルの本領発揮、めりはりの効いた、ダイナミックな演奏だ。後半は休み、と2階の最前列に座ったワイラースタインは、音楽に頭を振り、身体を揺らせる。クラシックは堅苦しい音楽ではない、感じるまま、自分なりの自然な表現方法でいい、というわけだ。

最後に、小曽根真のソロとNYフィルでガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」。アンコールは、コントラバス、トロンボーン奏者が舞台前に出て、ジャズ・ピアニスト、セロニアス・モンクの「ブルー・モンク」を、小曽根真とトリオで。場内総立ちの拍手と、「ブラボー」の歓声で、終演となった。

実は、この「10代のためのプレミアム・コンサート」の10日前、2月1日。NY、リンカーン・センター内、エイブリー・フィッシャー・ホールで行われたNYフィルの「ヤング・ピープルズ・コンサート」でも、西66丁目の地下鉄駅を出た途端、子どもと保護者が一緒の、東京と同じ微笑ましい光景があった。

NYフィルは1842年創立。1924年に始まった「ヤング・ピープルズ・コンサート」は、若い人たちのための音楽会。クラシック音楽を、より若い世代に、と1958年にレナード・バーンスタインが手がけ始めてから、世界的に知られるようになったコンサート・シリーズだ。

2月1日の公演は、まず、昨年に生誕100年を迎えた作曲家、ベンジャミン・ブリテンの「青少年のための管弦楽入門」。そして組曲「ミュージック・フォー・フクシマ」では、1曲ごとに、福島の若い作曲家のビデオ・メッセージが各自紹介された後、オーケストラが曲を演奏。その曲に対する返答のスタイルで、NYの若い作曲家たちが自作の話をし、曲の演奏が続く、との形式だった。

ここまでは、2月11日の東京公演と同じ演目。最後は、ブリテンのオペラ「ピーター・グライムス」の「4つの海の間奏曲」からの抜粋。指揮者はジョセフ・ワイラースタイン。

場内を埋めた子どもと保護者の中には、オーストラの生音が大きすぎる、と耳をふさいでいた十代初めの女の子が、次第に笑顔で身体を揺らし、手拍子を打ったり、客席から通路に出てきて踊る未就学児童たちがいたり。カジュアルでフレンドリーな雰囲気だった。

今回、東京公演に先立ち、同フィル教育部バイス・プレジデントで作曲家、教育者のテッド・ウィプラッド(55、二児の父)と、同フィルの元コントラバス奏者で、子どもたちに作曲を教えるプログラム、「ベリー・ヤング・コンポーザーズ(VYC)」を創設したジョン・ディーク(70、四児の父)に、NYで話を聞いた。ウィプラッドはNY公演の司会役だ。

−−なぜ子ども、なぜ音楽なのですか?

テッド(TW):子どもは私たちの未来、人類の将来だ。僕たち大人は、子どもの未来、音楽の未来への手助けをしているだけ。だって、人間ってクリエイティブな生き物だから。僕らは大人として、子どもの中にあるものを、何らかの形で引き出す、助けになればいい。

子どもの中にある「声」を見極めながら、創造性と感受性、この二つを育む手助けができれば、と。最も肝心なのは、子どもの頭の中に何があるか。子どもがそれを、どうやって表現したいのか。僕ら大人が、あれこれ指図して、子どもの頭の中を満たすことだけは避けたい。それが、教育へのアプローチだね。

ジョン・ディーク(JD):NYフィルの教育部門の話だけではなく、子育てのアプローチも同じだよ。うちの子どもたちもそうだった(TW、うなずく)。妻はチェロ奏者だけどね(笑)。僕は、自分の経験から、親は後ろに下がっていろ、と言いたい(爆笑)。まずは、一歩下がって、子どもが何をやりたいのか、見る。困ったり、つまずいたりしたら、手を貸せばいい。大きくなるにつれて、それが一歩から、二歩、三歩、と距離が空いていく。だって、子どもは親の思う通りにはならない(笑)。だから、私たち大人には、子どもの「自我」を育む役目があるわけさ。

−−今回、福島の子どもたちとコラボレーションをした子どもたちが学ぶ、NYフィルの作曲プログラム「ベリー・ヤング・コンポーザーズ(VYC、とても若い作曲家)」について、教えて下さい。

JD:1994年に生まれ、翌95年から活動を始めた。まず、楽しむことが肝心だ。何事にもとらわれず、先入観をもたず、自由に音楽に取り組むこと。大人よりも、子どもの方が、その感覚は良く分かっているはずだよ。

TW:VYCはNY市内の公立小学校の3,4,5年生、9歳から11歳の子どもたちが対象だ。順序立てて学習できるようになる年頃で、学びたい、という意欲がある子どもを選んでいる。

楽器が上手に弾けるから、参加できるのではない。普通の子でいい。音楽をやりたい、曲を作りたい、楽しんでみたい、との気持ちが大切だ。いかに自分の気持ち、感覚、フィーリングを表現出来るか。音楽を音符で書けなかったら、頭に浮かぶメロディをハミングしてもいい。自分で、どんな形でも、受け手に伝えられることが出来れば、いいね。

−−日本の音楽教育についてのご感想は?

JD:私は、バーンスタインのおかげでNYフィルに入り、過去40年以上、日本に足を運んでいる。昔も今も、クリエイティブな芸術に対して、とても敏感で、大手を広げて受け入れてくれる、温かい国民性を感じる。ただ、能や歌舞伎といった古典芸能の場に行くと、観客は年かさの人達が多くを占め、若者たちがいない、もしかして若者は対象にされていないのかな、との印象を持ったこともある。若者たち、子どもたちにこそ、日本独特の古典芸能を体験してもらいたいね。それが、芸術の将来につながるわけだから。 

NYフィルの創立当時、団員はドイツ語を話すドイツ人が多くを占め、リハーサルはドイツ語で行われていた。当時はベートベンなど、ドイツの音楽を中心に演奏していた。それが、イタリア、フランスへと間口が広がっていき、(バーンスタインが築き上げた)アメリカン・アイデンティティへとつながっていった。芸術、文化とはそういうものではないだろうか。フレキシブル、柔軟で、時代の流れと共に色々な要素を取り入れていく、という。 

−−お二人とも、なぜ音楽家から音楽教育へと、範囲を広げていったのですか? 物事を教えるためには、とてつもない労力と時間が必要ですが。

TW:子どもの驚く顔、喜ぶ顔を見るのが、僕にとっては最高の喜びだから。音符も書けなかったのに、頭の中にあった音楽が形になって、オーケストラが演奏してくれる。その音楽は、クラシック限定ではない。僕らは、これが正しいやり方、これが正しい音楽だ、と言って、子どもを教えているのではない。

子どもは、いつも、僕を驚かせてくれる。みんな、素晴らしい可能性、表現力を持っているからね。インスピレーションは、創造性につながる。何かを作りたい、作ってみたい、という渇望。僕らは、それを引き出す手助けをしているに過ぎないわけだ。

JD:それを聞いて私の趣味、ロッククライミングを思い出したね。まず、はじめに、登りたい、という欲望が大切。何事も「やりたい」と渇望することだ。次に、より高く登れるようになるテクニック。ただ、部屋に閉じこもって、本を読んで技術を学んでも、登れない。まずは、喜びと、インスピレーションが大切だ。そして、自己鍛錬だね。

TW:これは、米国だけでなく、日本にも当てはまるのかも知れないが、僕らのやっている教育プログラムは、異質なもの、と受け取られることもある。ニューヨークの外にいる、米国内の音楽教師たちに、「音符も読めないし、書けないのに、こんな小さい子どもたちが曲を作るなんて、あり得ない」と言われる。「音符の読み方、楽譜の読み方を教えずに、どうやって、オーケストラのための音楽が作れるのか」と。でも、やれば出来る。僕らは、子供たちの手助けをしているだけ。まず、一人ひとりの子どもの可能性を信じることだね。

子どもが書いた曲を(公演会場の)2000人の仲間、同じ子どもたちの前で演奏する。こんなに「クールな」、かっこいいことはない。それには、まず、音楽を愛すること、音楽がある生活、音楽と共に歩む人生、そして音楽と一緒に成長できれば、いいね。

二人とも、子どもに接する時には身をかがめ、子どもと同じ視線で、分け隔てなく、対等な態度で話す姿勢が印象的だった。音楽が好きでたまらない。だから、音楽への愛を周囲に広めていこう、とする情熱を感じた。

話が終わってから、今回の「ミュージック・フォー・フクシマ」に参加したVYCの子どもたちの公演前の打ち合わせ。そしてVYCを「卒業」した、中学生レベルの子どもたちが作った曲をNYフィルのメンバーが演奏し、中学生同士が意見を交換するクラスを見た。

「このプログラムに参加するようになってから、孫の集中力が上がり、自尊心が向上した」と、嬉しそうな顔をして、子どもを迎えに来たおじいさん。「学校の成績がこれだけ良くなったのよ」と、誇らしげに子どもの成績表を見せてくれる保護者たち。

最後に、私事で恐縮だが、幼少時から引っ越しが続き、バイオリンを習っていた頃から音楽は友達、隠れ家、人生の大切な宝物だ。

ソニーの創業者で、公益財団法人ソニー教育財団の創立者だった井深大(1908−1997)が設立した、幼児開発協会の代官山教室に、母に連れられて見学に行った記憶がある。

音楽好きが高じて、中学校の時にレコード会社に出入りするようになり、出会った洋楽担当のディレクターと共に、アメリカから届いた新譜のマスターテープを聞いていた時、試聴ブースに顔を出したのが当時のCBS・ソニー社の社長で後に会長、ソニー社長、会長となったソニー音楽財団の前理事長、声楽家の故大賀典雄(1930−2011)だった。

こんな立派な大人のお偉いさんが、私みたいな子どもの意見をまともに聞いてくれる、と驚いたのを覚えている。

不思議なご縁、で言えば、その後、大学を出てからの留学先、ニューヨークのホスト・ファミリーが、バーンスタインと友達で、ある日、電話に出たら、日本の思い出の長話に。

「日本の聴衆は、とてもしなやかで、熱心で、奥が深い聴き方をしてくれる。彼らの感性、センシビリティは、世界に類がないほど、ユニーク、かけがえのないものだ」と。

2月11日の「10代のためのプレミアム・コンサート」終演後、会場を去る子どもたちの上気した、楽しそうな表情に接し、彼らの人生に、何らかの形で音楽という種が植えられ、その芽が息吹き、これからすくすくと育っていくだろう、と感じた。

さて、「10代のためのプレミアム・コンサート2」、第二弾はこの5月30日に開かれる、ベルリン・フィル・ホルン・カルテットの東京オペラシティ・コンサートホール公演だ。1882年設立、ヨーロッパで最も由緒あるオーケストラの1つである、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のホルン奏者たちが、クラシックの名曲や、誰でも知っている西洋のメロディから、日本の童謡までを演奏し、音楽による世界一周の旅が味わえる。 

ヨーロッパ屈指の、ホルンの名手4人が奏でる楽しく、親しみやすく、愉快な一時。音楽のある人生の、はじめの一歩。だからこそ、子どもたちと一緒に、足を運んでみてはいかがだろうか。百聞は一見にしかず、なのだから。(文中敬称略)

公益財団法人ソニー音楽財団 30周年記念事業 きく・みる・かんじる・つなぐ 〜次の世代へ。良質な、新しい感動を〜

Sony Music Foundationは30周年を記念して、音楽ファンのみならず、より多くの人たちに音楽の素晴らしさを体験していただくと同時に、来るべき次の世代に向けた創造性溢れる魅力ある事業を展開していきます。

30周年記念事業について

公益財団法人ソニー音楽財団