第23回 齋藤秀雄メモリアル基金賞
公益財団法人ソニー音楽財団は、第23回(2024年度) 齋藤秀雄メモリアル基金賞 チェロ部門受賞者を 北村 陽(きたむら・よう)氏(20)、指揮部門受賞者を太田 弦(おおた・げん)氏(31)に決定いたしました。今回の受賞者はチェロ部門、指揮部門ともに歴代最年少受賞となります。
- 受賞者
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北村 陽(チェロ)
太田 弦(指揮) - 永世名誉顧問
- 小澤征爾 氏(指揮者・故人)
- 選考委員
<選考委員長>
水野道訓(ソニー音楽財団理事長)<永久選考委員>
堤 剛 氏(チェリスト)<任期制選考委員>
柴田克彦 氏(音楽評論家)
沼尻竜典 氏(指揮者)
吉田純子 氏(朝日新聞 編集委員)- 賞
●楯
●賞金 当該年毎に1人500万円(総額1,000万円)
贈賞の言葉
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北村 陽 氏へ「贈賞にあたり」
永久選考委員 堤 剛よく「5歳で神童、10歳で天才、でも20歳過ぎれば普通の人」と言われますが、北村君は見事にそれが正しくないことを証明して呉れました。関西で催された「泉の森コンクール」で金賞を受賞した時に名教授であられる山崎伸子の目に留まり、それ以後先生から全く妥協の無い、厳しい指導を受けることになりました。13歳の時にカザフスタンで行われた若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクールで見事優勝されました。私は「大器」と呼ばれるのはこのような奏者の事を言うのではないかと思います。でもチェロの演奏だけでなく人間としても悠揚迫らない大きなものを感じさせます。音楽的な才能に恵まれ、その上体格的にもチェリストとして真に相応しいのですが、私が北村君で感服するのは彼の絶え間ない努力、研究心、独創力です。それを反映してか彼の演奏が音楽的な面で国際的に通じる幅広さとなっています。私が驚いたのは初めての国際コンクールとして挑戦したアルメニアでのハチャトリアンコンクールで見事2位に入賞しただけでなく、ハチャトリアンの作品演奏に対して特別賞を受け、「貴方はアルメニア人演奏家と呼ばれても不思議はない!」っと褒められたのです。それはその後で受けたルーマニアでのエネスクコンクールでも同じことが起こりました。日本音楽コンクール、ブラームスコンクール、エネスクコンクール、カザルス記念コンクールとすべて1位の栄誉に輝きましたが、それは特にテクニックが優れているとか音量が豊かなどというのではなく、演奏家/芸術家としての大きな力量があっての事だと思います。勿論テクニック的にチェロの全レパートリーをこなせるだけのものを持っており、しかも彼の暗譜力は頭抜けていますが、北村君の凄さはそれらが全て一体となって音楽作りに貢献していることでしょう。現在ドイツのベルリンに留学し、芸術大学で名伯楽のマインツ教授に師事されていますが、マインツ先生もすぐに彼の才能、熱心さ、献身的な努力、研究心を見抜かれ、素晴らしい教育をされるだけでなく力強いサポーターになられました。それに加えて数々のコンクールで優勝したことによりヨーロッパ各地での演奏の機会が増えましたが、それをバネにしてますます大きく成長されるのではないかと期待しています。最近は国内での評価も非常に高く、様々な賞を独り占めしておられる位です。「齋藤秀雄メモリアル基金賞」の選考委員のお一人である吉田純子氏に言わせると、「弾きだした最初の音から聴き手を彼の世界に引き入れてしまう」と仰っておられましたが、私もその通りだと思います。大器!頑張って欲しいと思います。
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太田 弦 氏へ「贈賞にあたり」
選考委員 柴田 克彦(音楽評論家)/ 沼尻 竜典(指揮者)/ 吉田 純子(朝日新聞 編集委員)太田弦さんの指揮を語るとき、多くの人が「正攻法」という言葉を使います。
選考会では、「楽曲のツボを押さえつつ、音楽に生気をもたらす力に秀でている」「どんなにクセの強いソリストでも、その個性を自然に引き立ててみせる」という評価の声があがりました。確かに「正攻法」という言葉がぴったりです。
惜しくも今年1月に亡くなられた秋山和慶さんの指揮が、やはり「正攻法」という言葉でよく語られてきたことを思い起こします。
作曲家がこの一音に、このフレーズに、どんな思いをこめたのか。指揮者の仕事は、永遠の自問だと秋山さんは述べました。その理想の行き着く先は、『ところで、きょう指揮したのは?』というご本人の著書のタイトルに刻印されています。良き演奏に対する賛辞は指揮者ではなく、作曲家と、音像を生み出したオーケストラの奏者たちに贈られるべきである、と。公演後、コンサートホールを後にしながら、「きょうの演奏会は本当によかったねえ。あれ、ところで指揮していたのって誰だっけ?」。聴衆のそんな語らいの情景をつくることが、秋山さんが目指した境地でした。太田弦さんは、秋山さんと同質の志と理想を持つ指揮者だと思います。奇しくも秋山さんの旅立ちの年の受賞となったことは、精神の継承と未来の開拓を希求する現代のクラシック界において、少なからぬ重要な意味を持つものだと考えます。
昨年、九州交響楽団の首席指揮者に就任し、一家の主となりました。11月に開かれた定期公演のプログラムは、プッチーニの「4声のミサ曲」、小出稚子の「博多ラプソディ」(九響委嘱作)、そして石井眞木の「日本太鼓群とオーケストラのための『モノプリズム』」。攻めるにもほどがあると言いたくなるくらい意表を突く組み合わせでしたが、太田さんは全く肩肘張ることなく、ごくごく自然な風情で一夜の祝祭を寿ぎました。「モノプリズム」では、演奏の最中に思いがけなく「うぉー」という聴衆のおたけびが。1976年、ほぼ半世紀前に小澤征爾とボストン交響楽団、そして鬼太鼓座がタングルウッドで初演した時の興奮を追体験するようでした。淡々と、しかし確実に、博多っ子の祭りの心に火を付ける。これぞ「正攻法」の真骨頂です。
冒頭のトークの加減も絶妙でした。指揮者によるプレトークは、時として内輪受けに陥ったり、逆にサービス過剰になってしまったりして、なかなか難しいものですが、舞台に登場した瞬間からほっこりした笑顔と柔らかな口調で会場の空気をときほぐし、わかりやすい言葉で語りかけ、過不足なく楽曲への期待を誘いました。「正攻法」で人を引き付けるために最も大切なのは、「塩梅」を知るということです。この若さでそれができる指揮者は、世界にもそうたくさんはいないと思います。
「こう聴かせよう」「盛り上げよう」という野心は、時として邪心と表裏一体になりがちです。楽曲の構造、および作曲家の意図を、虚心にわがものとする。そうして己が完全に媒介となってはじめて、演奏に自身の「色」がにじみ出る。そういう本質を、太田さんはすでに得心しています。それは、自身の演奏が何らかの批判を受けた時に、「私の個性である」と言い訳をしない、という覚悟に通じます。
どんなレパートリーも、水準以上に外れなくこなす。そういう能力を「当たり前」とし、軽視すべきではありません。日本のオーケストラを安定的に支え、新たな才能を受け入れ、輝かせてゆく。そうしたプロセスのなかで、大輪の花がゆっくりと開いてゆく瞬間を、わくわくしながら見守っていきたい。太田弦さんこそ、心からそう思わせてくれる存在です。
受賞の言葉
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北村 陽(チェロ)
この度は「齋藤秀雄メモリアル基金賞」をいただき、大変光栄に思うとともに、身の引き締まる思いです。ソニー音楽財団の皆様、大変お世話になった先生方、いつも温かく見守り支えてくださる方々に心より感謝申し上げます。
私は高校より、齋藤秀雄先生ゆかりの桐朋学園に在籍し、今は齋藤先生も学ばれたベルリン芸術大学に留学しています。
私が師事するイェンス=ペーター・マインツ先生のレッスン室には、齋藤先生の師であるチェリスト、エマヌエル・フォイアマンの等身大を超える巨大なポートレートが飾られています。
マインツ先生はフォイアマンについて、技術や音楽解釈は100年後の今でも通用するもので、室内楽もそれまででは考えられないような次元の音楽を奏でた音楽家であると仰っています。
フォイアマンを前にレッスンを受けながら、ベルリンでヨーロッパの文化や歴史、音楽を最大限に吸収した齋藤先生が海を越え、その教えを日本に伝え、時代を超えて私もそれらを学びこの地にいると思うと、深い繋がりを感じます。私はチェロという楽器に心惹かれてからというもの、本当に多くの素晴らしい先生方との出会いがありました。
齋藤先生に師事された山崎伸子先生には9年間お世話になり、さまざまな音の出し方を徹底的にご指導いただきました。レッスン中に聴かせてくださった山崎先生の多彩な音色は、私の心の中に多く残されています。それらは演奏のイメージを広げる源であり、私の音楽の礎となっています。
齋藤先生に師事され、私が高校からご指導いただいている堤剛先生は、グローバルな視点からアドバイスをくださいます。レッスンでいただいた言葉ひとつひとつは、ベルリンに来てからも、実はこういう意味だったのかと新たに気付くことが沢山あります。
そして、堤先生が私に大きな力を与えてくださった言葉があります。
「誰かがやっているから、誰もやっていないからではなく、自分を信じてやりなさい。」
その言葉をいただいた時に、私はそれまで内に秘めていたものが一気に噴き出すような、心が喜びに満たされていく感覚がありました。
ベルリンで師事するマインツ先生は、深い楽譜の読み方を通して私ならではの表現ができるよう、多くのアイデアやヒントを与えてくださいます。
また、私はあらゆる面で多くの方々に支えられ、最高の環境で学び続けられることに感謝してもしきれません。私は世界中の人々が音楽で繋がり、音楽によって心穏やかな平和な日々を送ることができるようになることを心から望んでいます。
齋藤先生が残されたものを受け継ぎ、これからも学び続けていきたいと思います。人々に寄り添い、ともに分かち合える音楽家になれるよう精進いたします。 -
太田 弦(指揮)
この度は名誉ある齋藤秀雄メモリアル基金賞を受賞させて頂くこととなり、大変光栄に思っております。
公益財団法人ソニー音楽財団の皆さま、選考委員の皆さま、先生、友人、今日まで教えを頂いてきた多くの皆さま、いつも支えて下さるマネージメント、そして家族に感謝しつつ、この素晴らしい賞をお受けしたいと思います。私の生まれる20年前に斎藤先生はお亡くなりになっていますので、当然私は直接教えを受けることは叶いませんでしたが、私の師である尾高忠明先生や高関健先生から、折に触れて様々な貴重なお話を伺うことが出来ました。
そのようにして触れさせて頂いた、斎藤先生の音楽や教育に対する姿勢や情熱に、深い尊敬の念を抱いております。
思い返せば私が指揮を勉強したいと考えた12歳の頃、札幌では指揮を勉強出来る環境はありませんでした。そんな中で私が入手できた、数少ない指揮に関する本の一冊が斎藤先生の世界的名著「指揮法教程」でした。当時の私にとっては未知の世界へのパスポートのような存在で、誤字を発見するほど毎日のように読み込んでいました。
その結果、ほぼ独学で芸大の指揮科に入学する事が出来ましたので、直接お会いした事はなくとも、私も斎藤先生の教育への情熱に助けて頂いた1人だといえるのかもしれません。
実際の演奏の現場においては、20代半ばの新人指揮者であった私にポストと多くの経験の機会を下さった大阪交響楽団、現在、充実した演奏活動を共にして下さっている仙台フィルハーモニー管弦楽団、そして大きな責任を持たせてくれた九州交響楽団を中心に、日本中のオーケストラに育てて頂きました。この場をお借りして感謝を申し上げます。
皆様ご存知のようにこの1〜2年の間だけでも多くの尊敬する大先輩指揮者がお亡くなりになってしまいました。誰もが日本の指揮界の先行きを案じるこのタイミングで、このような大きな賞を頂くことになり責任を感じております。
まだ31歳になったばかりの私に出来ることは多くはありませんが、変わらず真面目に真摯に音楽とオーケストラに向き合い、精進して参ります。これからもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。この度は本当にありがとうございました。
プロフィール
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北村 陽(チェロ)
2004年生まれ。9歳でオーケストラと初共演し、翌年初リサイタルを行う。2017年 第10回若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクールに満場一致で優勝。2022年 第18回ハチャトゥリャン国際コンクール第2位。2023年 第29回ヨハネス・ブラームス国際コンクール第1位。第92回 日本音楽コンクール第1位を受賞し、全部門を通じて最も印象的な奏者に贈られる増沢賞、岩谷賞(聴衆賞)、黒柳賞、徳永賞、INPEX賞を受賞。2024年9月 ジョルジュ・エネスク国際コンクールのチェロ部門で日本人として初優勝。同年11月パブロ・カザルス国際賞第1位を受賞と、次々に快挙を成し遂げて注目をあびる。
これまでに小林研一郎、高関健、大友直人、藤岡幸夫、山田和樹、アンドレイ・フェーヘル各氏の指揮により、多数の楽団と共演。2020年ユリアン・シュテッケルの代役で井上道義指揮、読売日本交響楽団と共演し好評を博す。
2021年霧島国際音楽祭賞受賞。遠山基金、宗次エンジェル基金/日本演奏連盟、ヤマハ音楽振興会、ジェスク音楽振興会、江崎スカラシップより奨学金を授与され、第52回江副記念リクルート財団奨学生、2023、24年度ローム ミュージック ファンデーション奨学生。
現在、桐朋学園大学ソリスト・ディプロマ・コースにて堤剛、ベルリン芸術大学にてイェンス=ペーター・マインツ各氏に師事。これまでに山崎伸子、室内楽を磯村和英各氏に師事。 2025年第26回ホテルオークラ音楽賞を受賞。
使用楽器は上野製薬株式会社より貸与された1668年製カッシーニ。 -
太田 弦(指揮)
1994年北海道札幌市に生まれる。幼少の頃より、チェロ、ピアノを学ぶ。
東京藝術大学音楽学部指揮科を首席で卒業。学内にて安宅賞、同声会賞、若杉弘メモリアル基金賞を受賞。同大学院音楽研究科指揮専攻修士課程を修了。
2015年、第17回東京国際音楽コンクール〈指揮〉で2位ならびに聴衆賞を受賞。第30回(2022年度)渡邉曉雄音楽基金音楽賞受賞。指揮を尾高忠明、高関健の両氏、作曲を二橋潤一氏に師事。山田和樹、パーヴォ・ヤルヴィなどの各氏のレッスンを受講する。これまでに読売日本交響楽団、東京交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、札幌交響楽団、群馬交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団、大阪交響楽団などを指揮、今後さらなる活躍が期待される若手指揮者筆頭。2019年4月から2022年3月まで大阪交響楽団正指揮者を務める。2023年4月より仙台フィルハーモニー管弦楽団指揮者、2024年4月より九州交響楽団首席指揮者に就任。
2021年2月、オクタヴィア・レコードよりシューベルト:交響曲第8(9)番「ザ・グレイト」(新日本フィルハーモニー交響楽団公演ライブ収録)をリリース。新型コロナウイルスによる緊急事態宣言明けに行われた公演の緊張感の中、太田のエネルギー溢れる「ザ・グレイト」が聴衆の話題をさらった。
2024年7月には、同年4月に九州交響楽団首席指揮者就任記念コンサートとして開催した第420回定期演奏会のライブ録音のCDがオクタヴィア・レコードより発売、好評を博している。