第15回 齋藤秀雄メモリアル基金賞
2017年1月17日 東京にて行われた贈賞式
左より 加藤 優(当財団理事長)、堤 剛氏、酒井 淳氏、 軽部 重信(当財団専務理事)
公益財団法人ソニー音楽財団(所在地:東京都新宿区、理事長:加藤 優、英文名称:Sony Music Foundation)は、第15回(2016年度) 齋藤秀雄メモリアル基金賞 チェロ部門受賞者を酒井 淳(さかい・あつし)氏に決定いたしました。
尚、指揮者については今回該当者はおりません。
- 受賞者
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酒井 淳(チェロ)
- 選考委員
<永久選考委員>
小澤 征爾 氏(指揮者)
堤 剛 氏(チェリスト)<任期制選考委員(3年)>
那須田 務 氏(音楽評論家)
渡辺 和 氏(音楽評論家)
吉田 純子 氏(朝日新聞編集委員)- 賞
●楯
●賞金 当該年毎に1人500万円(総額1,000万円)
贈賞の言葉
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酒井 淳氏へ「贈賞にあたって」
堤 剛私が最初に酒井さんに出会ったのは彼がまだ可愛い坊やの頃で、名古屋にあった「スタジオ・ルンデ」での私のリサイタルの時でした。其の時既にチェロを始めておられ、お母様に連れて来られたのです。私がプログラムにサインをしている写真が今でも残っています。
その次に会ったのはカナダの西海岸にあるヴィクトリアという町で催されていた夏の講習会で、チェロの巨匠ハーヴィー・シャピロ教授のクラスに参加されていました。其の頃からチェロと本格的に取り組んでおられ、シャピロ教授も「アツシは大した才能の持ち主だ!」と感心されておられたのを覚えています。
数年後フランスのパリに留学され私の友人でもある高等音楽院のフィリップ・ミュレル教授に師事、チェリストとしての地位を不動にされました。
彼の地でピリオド・インストゥルメント に興味を持たれ、この方面でも多数の方から尊敬される存在となり、今やモダーンチェロ/バロックチェロ/ヴィオラ・ダ・ガンバの三種の楽器で大活躍しておられます。
どの楽器を使用しての演奏も勿論素晴らしいのですが、酒井さんは学究肌的な面も持っておられ、彼が私共「日本チェロ協会」の会報に寄せられた一文はとても立派で解り易く、深い内容を持ったもので皆大いに感心させられました。
その後桐朋学園大学の特任教授のポジションも引き受けて下さり、教育者としても貴重な存在だ、という事を立証されました。校内でクラスの一つを拝聴させて頂いた時はバロックダンスについて講義されていましたが、実際に種々のダンスを学生の前で披露される事によって学生達の理解度がグーンと深まり、生きたものになりました。
酒井さんの幅広い活躍ぶりは経歴書などの通りですが、私はその国際的な幅広い活動によって日本のチェロ界のみならず音楽界全体に大きな刺激を与え、ピリオド奏法等がより身近なものになり、歴史が如何に現在と結びついたものであるかを私達に改めて実感させて下さいました。静かではありますが力強いリーダーシップを発揮されていると言って良いと思います。
今回選考委員の先生方の強い推薦を得られて「齋藤秀雄メモリアル基金賞」の受賞者に選ばれましたが真に相応しく、私達皆とても嬉しく思うと同時に今後のますますの活躍を期待致しております。【贈賞式でのスピーチ】
酒井さん、この度は齋藤秀雄メモリアル基金賞のご受賞、本当におめでとうございます。
これまでの大変なご努力、ご精進、そして研究を高く評価されての受賞だと思います。チェロ、指揮、そして教育者として素晴らしい成果を上げられました故・齋藤秀雄先生が歩まれた道に通じるものがあるように思います。
私事になりますが、今回私は毎日芸術賞という賞をいただけることになりました。その対象となりましたのは軽井沢大賀ホール、そして札幌コンサートホール Kitaraでの「J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 全曲演奏会」です。私にとってバッハは、齋藤先生から手とり足とり教えられたことに始まり、それから自分なりに研究し続けてきたものです。私自身のバッハは酒井さんが目指している解釈やスタイルとはまた違っているかもしれませんが、“違っている”ということで、酒井さんの存在というものは私にとりまして大変励みになっています。ですので、これからもいわゆる音楽の中のcolleague(仲間)として、一緒にいろんな意味で音楽の幅を広げていきたいと思っています。
酒井さんはこれまでヨーロッパで素晴らしいご経験を積んでこられました。これからもますますキャリアを伸ばして活動を続けていただき、そしてときどき日本でもその成果を見せていただき、桐朋学園を通じての教育活動も続けていただきたいと思います。
これからの酒井さんの益々のご活躍とBonne chance(ご幸運)を祈念して私のご挨拶とさせていただきます。本当におめでとうございました。
受賞の言葉
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酒井 淳(チェロ)
この度「齋藤秀雄メモリアル基金賞」を私にと、ソニー音楽財団様からご連絡を頂いた時は正直、驚きと喜びの気持ちが混じり溢れて隠せない心境だったのですが、日が経つにつれ、齋藤秀雄さんの名のある賞を、チェリストまたは教鞭をとる者として受けさせて頂く、責任の重大さをつくづく実感し始め、本当に恐縮しております。
最近、1933年に齋藤秀雄さんがチェリストとして録音したスッぺの「詩人と農夫」序曲の録音を聴く機会がありました。素朴な音色で奏でる内には、崇高な精神性と哲学的な教養が一貫として裏付けられていて、氏の魂のあり方に深く感動いたしました。また以前、ヴィヴァルディの「四季」を指揮なさっている映像を観たこともあるのですが、厳しく綿密な音楽作りの姿勢からは「信念があれば山をも動かす」という聖書の言葉をまさに実行なさっていた人の姿があり、大変輝いてみえました。
教育者としての齋藤秀雄さんの偉大なる功績を私から言及する必要などないのですが、子供たちに、時の経つのを忘れるほど音楽の基礎を辛抱強く、かつ優しい眼差しで教えている姿を見て、明確なビジョンを常に持ちながらコツコツと絶え間なく積み上げた努力の結晶が結ばれる過程というものはこういうものなのだと思い、氏の使命感溢れる生き方に感銘を受けました。
私もいやはや、後進の指導にあたる側の身になってしまいました。桐朋学園で教え始めた時にまず、廊下で一生懸命練習していたり、純粋で素直に素朴な質問をしてくる生徒さんたちに出会い、「ああ、なんて良い学校なんだろう」と思いました。その反面、自発的に表現をしたくなる創造性や、「型には入れ」ても「型から出よ」うとする意欲が大半の学生たちに欠けているのを感じ、真の芸術家を育てる難しさを、肌で感じる今日この頃です。
現代社会は世界中において、自国の利益をまず優先する閉鎖的な思想が広まりつつあります。そのような中でも音楽は、空や海のように広大な心で、人と人との繋がりを常に願っています。今こそ、この世界に生きる喜びや悲しみをお互いに分かち合えるメッセージを音楽家として発信しなければなりません。
この度は受賞させていただくことになり、身の引き締まる思いでいっぱいです。
最後になってしまいましたが、今まで見守り支えて頂いた先生方、マネージメントの方々、素晴らしい仲間たちと家族に心より感謝申し上げます。【贈賞式でのスピーチ】
皆さま、本日は私のようなヨーロッパを中心に活動している者にこのような賞をいただきましてありがとうございます。ソニー音楽財団様、選んでいただいた選考委員の皆さま、心から御礼を申し上げます。
出会いというものはとても大切だとこの頃実感しております。私は子どものころに父の仕事の関係でアメリカに移りまして、その時からチェロを続けていたのですが、そこで大山平一郎先生に出会い、そしてそのご縁で堤剛先生とも出会うことができました。その後家族が日本に帰った後もヨーロッパに行って、たくさんの方に助けられながらここまでやってくることができました。
今回齋藤秀雄先生の名に因んだ賞をいただくことになりましたが、齋藤秀雄先生の偉大なる日本の文化発展への功績、そして堤先生のチェロ界そして音楽界の発展への功績、そのようなことを私がこれから残すことができるのか、正直に申し上げて本当に自信が無いのですが、皆さまのご協力をいただきながら、これからも精進していきたいと思っています。
今後は、もう少し日本での活動を増やすことができれば、とも思っています。そこで、桐朋学園でのチェロとヴィオラ・ダ・ガンバの若い世代の育成や、17~18世紀のオペラの紹介等をしていきたいと考えています。
また、私は長年ヨーロッパで通奏低音の仕事でオペラに関わっていた関係で、多くの方の勧めにより指揮を始めました。そしてチェロとヴィオラ・ダ・ガンバの演奏に於いては、“室内楽”というジャンルの日本での発展に貢献することができれば、この賞をいただいた恩返しができるのでは、と思っています。
私に最初にチェロの手ほどきをしてくださった中島顕先生、地元の名古屋でスタジオ・ルンデを創立し、私が12才のときに初めてのリサイタルを開催してくださった鈴木詢先生、そしていつも支えてくれた両親と、内藤雅子さん。本日に至るまで私を支援してくださった皆さまに、この場を借りて感謝の言葉を申し上げます。
最後にソニー音楽財団様、そして選考委員の先生方、重ねて御礼を申し上げます。どうもありがとうございました。
プロフィール
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酒井 淳(チェロ)
名古屋生まれのチェロ奏者・ガンバ奏者・指揮者。1986 年に渡米。中島顕氏、堤剛氏、H. シャピロ氏に師事した後に渡欧、パリ国立高等音楽院でP. ミュレール氏に師事し首席で卒業。また、同音楽院在学中バロック・チェロ、ヴィオラ・ダ・ガンバを並行してC. コワン氏にも師事する。レ・タラン・リリクやル・コンセール・ダストレなどの古楽アンサンブルの通奏低音奏者として、数々の演奏会とCD録音を手掛ける。室内楽に力を注いでおり、シット・ファスト(ガンバ・コンソート)やカンビニ弦楽四重奏団の創立者として活躍している。シャンゼリゼ劇場、ウィーン・コンツェルトハウス、アムステルダム・コンセルトヘボウ、シャトレ劇場他、欧州の著名な演奏会場に出演。ソロでは、フランス・ヴィオール音楽のスペシャリストとして高く評価される。2015 年にはフランスのアパルテ・レーベルよりフォルクレのCDをリリースし、朝日新聞紙上に「豪壮で憂愁濃く、魔性と情念渦巻く世界へ」との評が掲載された。指揮では近年、フランスのディジョンやリールのオペラ座、オペラ・コミック座にて、シャルパンティエやモーツァルトなどのオペラを上演、成功を収めている。現在、桐朋学園大学特任教授。 www.atsushi-sakai.com