2023年03月29日
音楽が子どもたちに伝えるものとは~「ソニー音楽財団 子ども音楽基金」採択団体による、“子どもと音楽”に関するインタビュー
~すべての子どもたちに、音楽を届けたい~
「ソニー音楽財団 子ども音楽基金」の2020年度助成団体であるNPO法人松江音楽協会は、「わくわく★音楽体験事業」として、島根県松江市内の小学校に演奏家を派遣して、生の演奏を提供する事業を行っています。その活動に込められているのは「プロの生演奏に触れる機会を、すべての子どもたちに届けたい」という想いです。当基金の助成を受けて実施された、小学校での「鑑賞型ワークショップ」の様子を中心に、松江音楽協会の西尾智子さんと勝部奈緒さんに伺いました。
聞き手:山本美芽
「生の音はすごい」という驚きの声
―地域の小学校に生演奏を届ける活動をされていますが、なぜ小学校に音楽を届けるようになったのでしょうか。
西尾:私たちのミッションとして「街に音楽経験を広めるためにはどうしたらいいか」、特に「若い世代をどうやって育てるか」というものがあります。このミッションを日々考えながら活動しています。私たちは松江市の中心部にあるプラバホールの指定管理者でもあるので、これまで、ニューイヤー・オペラコンサートや子どもたちも参加できるコンクールなどの開催を継続してきました。いまは改修中ですが、音響がとてもよく、パイプオルガンもあり、座席数は700余りで地方都市には十分すぎるぐらいのとても素敵なホールです。
ただ、住んでいる場所や家庭環境によって、ホールに来られないお子さんも多いのが現状です。松江市も広いので、中心部から離れた地域からは、ホールに行こうとしてもかなりの距離があります。そのような状況の中で、すべての子どもたちに生の音楽を届けられる場所は、やはり学校なんです。小学校の音楽の授業の一環として実施できるように工夫して、できるだけ多くの子どもたちに生の音楽を届けられるように活動をしています。
―「わくわく★音楽体験事業」の具体的な内容を教えてもらえますか。
勝部:この体験事業では、小学校の音楽の授業時間に演奏家を派遣しています。各学校の希望に沿ったかたちで生演奏に触れる機会を提供しているのですが、大規模校では体育館などを会場にした演奏会形式の鑑賞授業、小規模校では楽器体験の授業の希望が多くなっています。最近では弦楽四重奏、3・4年生の音楽の教科書に出てくるトランペットやホルンなどの金管楽器、フルートやクラリネットなどの木管楽器の要望が学校側から多くあります。
―地域の学校ごとに異なる希望に沿って組み立てていらっしゃるんですね。演奏を間近で聴いて、子どもたちからはどんな反応がありますか?
勝部:そもそも生演奏を聴いたことがない生徒がとても多い地域なので、生の楽器の音量や振動など、「生の音はすごい!」という驚きの声がたくさんあがります。
―どんな曲を演奏するのでしょうか。
勝部:たとえば演奏会の最初に、なんのアナウンスもしないで弦楽四重奏で校歌を演奏します。すると、「なんの曲だろう?…あっ、校歌だ!」と、子どもたちの目が輝くのです。いつも歌っている自分たちの学校の校歌が、オーケストラの楽器で演奏されるとこういう響きになるんだ!という発見の瞬間になっています。
―それは子どもたちも嬉しいでしょうね。ほかにはどのような曲を取り上げますか?
勝部:例えば弦楽器でしたらサン=サーンスの「白鳥」やベートーヴェンの「メヌエット」など、教科書に載っているクラシックの曲が中心です。子どもたちに人気のアニメの主題歌やディズニーの曲などを織り交ぜることもあります。
―子どもたちにとって馴染みのある曲を取り上げているんですね。他にも何か工夫されていることはありますか?
勝部:子どもたちからの反応が良いもののひとつに「指揮者体験」があります。小学校6年生の教科書に載っている「ハンガリー舞曲第5番」を使って、まずは私が2拍子で指揮をして見せます。その後、生徒みんなで練習をしてから、代表の2~3名の子どもが指揮に挑戦します。恥ずかしくて遅いテンポで指揮していると、演奏もどんどん遅くなり、途中で止まってしまうこともあります。派遣された音楽家が子どもたちの指揮に忠実に従って演奏するので、とても個性的な演奏になることもあり、それを聴いて子どもたちもどんどん笑顔になっていきます。指揮者の役割を体験的に理解できると同時に、音楽の楽しさを実感してくれているように感じます。
タンバリンのロール奏法に衝撃を受ける
―生徒数が少ない小規模校には、楽器体験プログラムも用意しているとのことでしたが、そちらのプログラムはどのような内容でしょうか。
勝部:ある学校では、島根大学で打楽器を専攻している方にマリンバを演奏してもらいました。子どもたちはマリンバを見たことがないので、「学校の木琴よりもずいぶん大きいね」と、反応がとても良かったです。他には、タンバリンの特殊な演奏法を見せたり、一緒に「アイアイ」の演奏などを行ったりしました。タンバリンのロール奏法を見せてもらったことで「タンバリンって、こんなすごい音がするんだ」と驚いた子どもたちが練習を始めて、小学校2年生の女の子たちが全員タンバリンでロールができるようになったということもありました。カスタネットで連打する叩き方や小太鼓のドラムロールなども初めて見た技で「どうやるんだろう」「練習してみたい」と衝撃だったようです。
―「わくわく★音楽体験事業」をきっかけに、子どもたちが楽器・音楽に親しむ機会がぐっと増えたのですね。生演奏を体験することで、子どもたちにどういった変化が起きるのでしょうか。
西尾:子どもたちが体育館から帰っていくとき、歌ったり踊ったりしながら帰っていく姿がとてもいいなと思いながら見ています。この前は、オペラの曲を聴いたあとに、オペラ歌手のソプラノの高い声を真似して歌いながら帰っていた子どもがいました。子どもたちが音楽を身近に感じられるようになったひとつの事例ではないかと思います。
他には、弦楽器の生演奏を行った学校は、後日、CDを聴いたときに「これ、ヴァイオリンの音だ」「チェロの音だ」という声が子どもたちの方からあがり、音色の判別ができるようになっていたそうです。音楽専科の先生だけでなく担任の先生方もたくさん参加され、「教科書に載っている楽器を実際に体験できる授業で、とてもよかった」「来年も来てほしい」というお声をいただいております。
演奏家と子どもたちをつなげていく
―演奏家はどんな方を派遣していますか。
西尾:県内で活動している演奏家です。遠くから素晴らしい演奏家を呼ぶことも大切ですが、地域の人材を生かすことを大切に、地域の中でのつながりを大切にしながら活動しています。
―生演奏を必要としている子どもたちと、地元の演奏家が、「わくわく★音楽体験事業」で出会えたのですね。
西尾:まずは学校のニーズを丁寧に聞きとり、生演奏を必要としている学校や子どもたちと演奏家の橋渡しとなり、そこから地域の音楽のコミュニティにつなげ、音楽家の活動の場を広げ、地域の音楽活動が盛り上がる、そんなふうになれたらと思っています。
―音楽を通して子どもたちにどのような未来を作りたいですか。
西尾:音楽を通したコミュニティがあって、学校の先生や地域の子ども、家庭、地域の音楽家が一体となって芸術が振興していく、そんな未来を描いています。地域の魅力づくりには、物質的、金銭的な豊かさだけでなく、文化が果たす役割も大きいと考えています。豊かな文化のある地域では、子どもたちの未来も明るくなるのではないでしょうか。
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