2023年03月27日
音楽が子どもたちに伝えるものとは~「ソニー音楽財団 子ども音楽基金」採択団体による、“子どもと音楽”に関するインタビュー
~子育てに頑張る保護者を、音楽の力で応援したい~
「ソニー音楽財団 子ども音楽基金」の2020年度助成団体である「打楽器コンサートグループ・あしあと」は、これまで6万人以上のさまざまな状況の子どもたちに、打楽器を中心とした参加型のコンサートを届ける活動を行っているNPO法人です。コロナ禍になってからも、いっそう精力的に活動しています。活動に対する想いや子どもたちの反応について、代表の打楽器奏者の池野ひとみさんにお話を伺いました。
聞き手:山本美芽
音楽をこちらから届けることに意義がある
―たくさんの場所でたくさんの子どもたちにコンサートを、しかも“無料で”届けていらっしゃいますが、どのような想いで活動をされているのでしょうか。
池野:私たちの活動は、コンサートに行く習慣がなく、経済的にも気軽にコンサートに行ける状況ではないご家庭に音楽を届ける、というものです。例えば、障がいがあってお子さまが静かにすることができないご家庭の場合、せっかくチケットを買ってコンサートに出かけても、大きな声を出してしまって退席しなければならない、ということが起きてしまいます。公共交通機関に乗れない方もたくさんいらっしゃいますし、そういった方にこそ、こちらから出かけて音楽を届けることに大きな意義があると思って活動を続けています。
また、小さな子どもは、親や保護者が選んだものしか体験することができないので、どのような環境の子どもでも、音楽を体験できる状況を作ってあげたいとも思っています。音楽に触れるという体験の第一歩は、子どもの感性がスポンジのように素直な吸収力がある小さなうちにこそ始める方が良い、という想いもあります。
―では、具体的なコンサートの内容についてお聞かせください。毎回のコンサートで、いくつくらい楽器を持っていくのでしょうか。
池野:小さいものも合わせると、自分たちが演奏で使う楽器を100種類ぐらい持参します。大きな木琴のマリンバと、大きな鉄琴のビブラフォン。そして大太鼓、中太鼓、小太鼓、シンバル。エスニック的な打楽器、おもちゃのような打楽器、トーンチャイムやハンドベルのような振って音が出る楽器など、多種多様なものを用意します。さらにお母さんや子どもたちが楽器体験で使うタンバリン、カスタネット、マラカスなども400個ほど持参します。
―そんなにたくさん!
池野:そうなんです(笑)。よく引っ越しみたいだと言われます。
―それだけたくさんの楽器があると子どもたちは楽しい体験ができそうですね。コンサートの内容で、子どもたちを楽しませるために工夫していることはありますか?
池野:楽しんでもらえるようにプログラムは童謡を中心にしていますが、クラシックの曲もお届けしています。クラシックの場合は子どもにも分かりやすいようなアレンジをしていますし、コンサートの演出もその時のお子さんの年齢に合わせて工夫しています。乳幼児の場合は目で動きを追ってくるので、演奏家の動きを多くしています。もう少し大きくなったら一緒に歌ったりお遊戯をしたりします。どのコンサートでも、歌う、一緒に身体を動かす、楽器を配って演奏する、変わった楽器を体験する、プロの演奏に加わるというように、さまざまなコーナーを用意しています。
子どもによって興味を持つこと、面白いと感じることは一人一人違うので、何かひとつでも楽しんでもらえたら、という気持ちで毎回プログラムや演出を考えています。
―演奏曲は元気な曲が多いのでしょうか。
池野:元気な曲だけではなく、静かな曲も演奏します。体を動かしてもらう曲の次に音色が柔らかいトーンチャイムなどを使った静かな曲をもってきて、休みながら聴いてもらっています。静かに聴く、耳を澄ます時間も教育のひとつとして大切だと思っています。
―コンサートの時間はどのくらいでしょうか。
池野:30分から50分ぐらいです。コンサートのあとには楽器体験の時間も10~20分ほど設けています。長い子は30分近く楽器で遊んでいることもありますし、楽器を持って帰りたいといって保護者の方を困らせる子もいます。木琴や鈴、マラカスや太鼓などは値段も手ごろなので、体験で気に入った楽器を後日保護者の方が購入する場合もあるようです。
ふだんは見せない、生き生きとした子どもの表情
―障がい者施設や特別支援学校等での演奏の機会が多いということですが、障がいのある子どもたちが楽しめるような工夫もありますか。
池野:視覚障害のある子どもの場合には、近くに行って楽器を触ってもらったり、そばで説明してあげたりしています。聴覚過敏の子どもの場合は、電子音や大きい音、急に鳴る音など、苦手な音が人それぞれ違うのですが、それらを避けた演出にすればコンサートでの大きな打楽器の音も楽しめる場合が多いです。お母さんたちもコンサートを楽しんでいる子どもたちの姿に驚いていることがよくあります。打楽器は木や革といった自然素材でできているので、聴覚過敏の子たちでも受け入れやすいのです。他にも、耳が聞こえない子どもでも、打楽器のバチがものすごい速さで動く様子を視覚的に楽しんでもらったり、ズンズンと鳴る振動を体感してもらうことで喜んでくれています。
―子どもたちが音楽に接することで変化している、ということを感じることはありますか。
池野:例えばある同じ施設に2年続けて訪問演奏に行くと、1年目の時よりも2年目の時の方が明らかに子どもたちの反応が良いのです。子どもはスポンジのように体験したことすべてを吸収してくれるんだということを改めて実感します。何年も続けて訪問している施設では、子どもたちがコンサートを楽しみにしてくれていて、楽器に興味を示してくれていることが良く分かってきます。最初は、「コンサートがあるからあの場所に行こう」と言われても自身の障がいのために「行きたくない」と言っていた生徒さんが、ちょっとコンサートの様子を見に来て音楽を楽しんで、最終的には1時間、2時間と聴けるようになり、無表情だった生徒さんがこれまでにない、生き生きとした表情を見せるようになったりします。笑えるようになったり、手を動かせるようになったり。その変化に「この子がこんな表情を?」「この子がこんなに動くの?」と、普段接している先生方が驚く場面もよくあります。音楽を聴くのはそれほど好きではないけれど自分で楽器を触るのが好きな子どももいて、「この子はこういうことが好きなんだ」と保護者や先生方が発見する機会にもなっているようです。
―子どもたちと接する中で感じることは他に何かありますでしょうか。
池野:特に最近はコロナ禍ということもあって、親子で一緒に歌うという習慣がなくなって、歌を知らない、歌わない子が増えている実感があり危機感を覚えています。以前は、子どもに人気の曲を演奏し始めると自然と歌声が湧き起ったのに、いまはシーンとしていることが多く、コロナ禍になってから子どもたちの反応が薄くなったし、遅くなっていると感じます。もしかしたら、「生の音楽」に接する機会が少ないことが原因のひとつかもしれない、と思っています。子どもはコンサートなどで「生の音楽」に触れることをきっかけに保育園の先生が弾くピアノに関心を示したり、お母さんと一緒に歌うことを始めたりするようになります。「生の音楽」に反応するようになる、と言い換えることもできます。この、生の音楽に反応するようになる、ということに大きな意味があると信じています。
―「生の音楽」を届けることが大事なのですね。目の前で演奏されることで、演奏家の表情などから子どもたちが何かを感じることもありそうです。
池野:そうですね、打楽器は鳴らすときに飛沫が飛ばないのでマスクを外して、フェイスシールドは装着しますが、表情を見せるように留意して演奏しています。みんなで一緒に体を動かしたり、こちらから楽器を持って子どもに近寄ることもあります。そのときの子どもたちはワーッと楽しむ、騒ぐといった遊び的な反応が多いです。最初のそうした段階を経て、「生の音楽」に触れ続けることで音楽を感じる力が育ち、だんだん一緒に歌を歌うような音楽的な反応へと移行していくのではないかと思います。
―無料で生の音楽に子どもたちが触れることができる機会は保護者の方にとっても貴重な機会になりそうですね。
池野:実は、コンサートで感動のあまり涙を流しているお母様がたくさんいらっしゃいます。夫の仕事の関係で初めて住んだ土地で、誰も知り合いがいなくて孤立している場合も多く、子どもが障がいを持っている場合に同じ障がいを持つ子を抱えたお母さんと会えるだけでも、孤立感を解消できるそうです。コンサートが始まるまでの待ち時間にお話をして知り合いができるといったこともあります。同世代のお母さんと一緒に話せる場がなかなかなく、悩み相談会といわれると行きづらいという悩みを抱えている方が多くいらっしゃいます。無料のコンサートだと気軽に行きやすいらしく、施設の職員と話す機会もできて、必要な場合は行政の支援につなげることもできる、そんな声もよく伺います。私たちのコンサートが、子育てに頑張る保護者の方々の肩の荷を下ろすものとなり、コミュニティとつながるきっかけとなれば嬉しく思います。
団体概要