第21回 齋藤秀雄メモリアル基金賞
公益財団法人ソニー音楽財団(所在地:東京都千代田区、理事長:水野 道訓、英文名称:Sony Music Foundation)は、第21回(2022年度) 齋藤秀雄メモリアル基金賞 チェロ部門受賞者を 上野 通明(うえの・みちあき)氏、指揮部門受賞者を沖澤 のどか(おきさわ・のどか)氏に決定いたしました。
贈賞式はライブ配信も合わせてとりおこないました。
- 受賞者
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上野 通明(チェロ)
沖澤 のどか(指揮) - 名誉顧問
- 小澤 征爾 氏(指揮者)
- 選考委員
<選考委員長>
水野 道訓 氏(ソニー音楽財団 理事長)<永久選考委員>
堤 剛 氏(チェリスト)<任期制選考委員(3年)>
片桐 卓也 氏(音楽ライター)
柴田 克彦 氏(音楽評論家)
沼尻 竜典 氏(指揮者)- 賞
●楯
●賞金 当該年毎に1人500万円(総額1,000万円)
贈賞の言葉
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上野 通明 氏へ「贈賞にあたり」
永久選考委員 堤 剛上野通明さんは13歳の時に韓国のソウルで催されたジュニア・チャイコフスキー・コンクールで見事優勝し、一躍脚光を浴びました。その事が示すように並外れた才能の持ち主ですが、それに甘んじる事なく、努力を重ねて着実に成長を続けられました。桐朋学園に入学後は名伯楽毛利伯郎教授のもとで持てる才能を大きく開花され、そしてヨーロッパ留学後はP.ウィスペルウエイ教授に師事されて国際的な舞台に備えての研鑽を続けられました。現在は世界的著名なチェリストであるG.ホフマン教授のもとで演奏家としての磨きをかけておられます。
私には「不屈の精神」という言葉は上野さんのためにあり、それを立派に体現しておられるのではないかと思えます。その一つの例が上野さんのコンクールに対する姿勢です。勿論最終的には権威あるジュネーヴ国際コンクールでの優勝となった訳ですが、それ以前にも幾つかの大事なコンクールを受けていられます。私もその中で何回か立ち会わせて頂きましたが、私が心から感服させられたのはその一つ一つに全力で臨まれ、しかも一歩一歩成長を遂げられて行ったことです。「難しいものにチャレンジして自分を印象付けたい」とか、「他のチェリストより上手に演奏するのだ」という気持ちが全然なく、あくまで自分の演奏家としての完成のために参加されている姿勢が私や他の審査員の先生方に良く解りました。そこにはコンクール向けの演奏をするのではなく自分の持っているものを聴いて頂き喜んで頂くためにベストを尽くす、という演奏家気質がありました。
加えて私は上野さんの本来的な強みは「自然な国際派」であることだと思っています。これは上野さんの長年の経験と体験から来ているのかも知れませんが、国際的に演奏活動をして行く時に大きなプラスとなります。これからますます大きく成長され、持っているポテンシアルを十二分に開花されることにいささかの疑問も御座いません。持ち前の豊かな音楽性に加えて妥協を許さない完璧に近いテクニックに支えられているのですから。私自身故齋藤秀雄先生に十年の間直接師事させて頂いただけでなく、その後もお亡くなりになるまで何時までも私にとっての「先生」であり続けられました。その間に教えて下さったことの多くは今になってやっと自分の中でこなれてきたように感じていますが、齋藤先生が教えることを通じて理想とされていたものの近くに立っておられるのが上野さんだと思えてなりません。
これからも日本のチェロ界/音楽界だけでなく、世界の音楽芸術の振興に大きく貢献されることを期待しております。【贈賞式でのスピーチ】
上野さん、この度は本当におめでとうございます。
私の贈賞の言葉に「不屈の精神」の持ち主、そして「自然な国際派」と呼ばせていただきましたけれども、この席でもう一つ付け加えさせていただきたいと思います。それは、「不断の努力を惜しまないチェリスト」ということです。
私は本当に長い間あなたの演奏を聴いてまいりました。そのたびにどんどん成長されていくのを目の当たりにしてまいりました。でも、ときどき、あれ、壁にぶつかっているのかな、また何か新しいものにチャレンジしているのかな、そう感じることがいつもあったのですが、2020年のサントリーホールサマーフェスティバルで「ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲(森 円花作曲)」を弾かれた時、「上野君は何か吹っ切れたようだ」と感じる、本当に一皮むけた素晴らしい演奏でした。
その後は本当にどんどん素晴らしい演奏を続けられ、ジュネーヴ国際音楽コンクールでの優勝、そして今回の齋藤秀雄メモリアル基金賞のご受賞、ずっと進歩を続けられています。
この賞は、これまでのご努力を称えておめでとうということに加えまして、これからももっともっと大きく伸びてほしい、という私どもの大きな期待を込めてのご受賞であるということを心に留めておいていただきたいと思います。
本当に、この度はおめでとうございました。 -
沖澤 のどか 氏へ「贈賞にあたり」
選考委員 片桐 卓也 (音楽ライター)/柴田 克彦 (音楽評論家)/沼尻 竜典 (指揮者)すでに2018年の第18回東京国際音楽コンクールにて第1位を獲得(同時に特別賞、及び齋藤秀雄賞も受賞)し、2019年9月に開催された第56回ブザンソン国際指揮者コンクールでも優勝するなど、その指揮者としての実力は多くの専門家が認めていた沖澤のどかさん。新型コロナウイルスの流行の後、本格的に日本で指揮活動を展開した2022年には多くの日本の音楽ファンの注目を集めました。とりわけ大きな評価を得たのが、セイジ・オザワ 松本フェスティバルにおけるオペラ公演「フィガロの結婚」での指揮。世界的な演奏家によって構成されるサイトウ・キネン・オーケストラ、そして選りすぐられた歌手たちを相手に、非常にキビキビとして、しかも確信に満ちた音楽作りでプロダクション全体をリードし、改めて彼女の実力を認識させてくれました。
それ以外でも、2022年にはNHK交響楽団、広島交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、東京混声合唱団の公演に出演しましたが、いずれのコンサートでも、ベルリンを拠点に磨き続けている、その音楽性の高さを感じさせる指揮によって、公演を成功に導きました。またレパートリー的にも、ブラームス、マーラーなどドイツ系の作品だけでなく、プーランク、ラヴェルなどフランス系の音楽も取り上げ、それぞれの作品の個性を鮮やかに表現していました。東京混声合唱団とはモンテヴェルディに始まり、ストラヴィンスキー、土田栄介、間宮芳生という多様な時代、様式を含む合唱曲を指揮しました。2023年4月からは広上淳一の後を継いで、京都市交響楽団の第14代常任指揮者となりますが、京都での活躍も今から期待されています。
拠点を置くベルリンとの関わりも深く、2019年にはハンス・アイスラー音楽大学で修士号を獲得、2020〜22年にはベルリン・フィルハーモニー・カラヤン・アカデミーの奨学生、及びキリル・ペトレンコ(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団・首席指揮)のアシスタントとして経験を積み、そのベルリンにおける活動はテレビ番組でも紹介されています。
日本で開催された巨匠リッカルド・ムーティによる「イタリア・オペラ・アカデミーin東京」にも指揮受講生として参加するなど、オペラを学ぶことにも積極的であり、これからも交響曲、管弦楽の世界だけでなく、オペラのジャンルでも多彩な活躍が期待できます。日本とドイツ、さらには世界各地でその音楽的な実力を発揮することを待望しております。
【贈賞式でのスピーチ】
永久選考委員 堤 剛沖澤さん、おめでとうございます。スクリーンに語り掛けるというのはちょっと勝手が違いますけれども、小さい頃にチェロを演奏されていたということで、非常に私は親しみを覚えております。ご存じのように齋藤先生は指揮の先生でもあられ、沖澤さんも指揮、チェロ、両方をおやりになった。そういうことで非常にふさわしい方に賞を受けていただけたのではないかと思っております。
沖澤さんは指揮を始められた頃、齋藤先生が著された指揮法教程で勉強されたと聞いております。あの本は先生もご自慢の本で、私たちもチェロのレッスンの途中でその本についていろいろ教えていただいたり語っていただいたりしたのをよく覚えています。あの本は今やインターナショナルに有名で、様々な方がそれを基に勉強なさっている。ですので、齋藤先生が始められた指揮法は、今や国際的に、世界中に認められた素晴らしい功績の一つなのではないかと私は思っております。
沖澤さんはこれまでも素晴らしいキャリアを築いてこられましたけれども、指揮の部門というのはこれまで男性中心社会で、女性にとってはある意味でなかなか難しいところがあったかと思います。ですが私は沖澤さんの指揮ぶりを見ていると、全然そういう感じを持たない、しかもシンフォニーはもちろんそうですけれども、オペラもおやりになったりと幅広い活動をされていて、これから益々広く発展して充実した活動をされていくのではないか、そしてこの賞がそのための一つの礎になることを期待いたしまして、私からの祝辞とさせていただきます。本当におめでとうございました。Congratulare!
受賞の言葉
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上野 通明(チェロ)
【受賞の言葉】
この度、チェリストであれば誰もが深い敬意と憧れを抱く「齋藤秀雄メモリアル基金賞」を受賞させていただく事となり、大変光栄に思うと同時に、この素晴らしい賞の重さに身の引き締まる思いです。
幼い頃チェロの魅力を知り、どうしてもやりたいと親にお願いして5歳でチェロを始めて以来、念願のチェロを手にした時の喜びを忘れる事なく、この楽器の魅力に惹かれ続けてきました。一つの音に一喜一憂し、時には落ち込み、時には天にも昇るような恍惚感を感じ、夢中で歩んで参りました。
そんな自分が学んだ桐朋の校舎には齋藤先生の胸像がありました。大変厳しい指導者であられたと聞きながら学んだ学生時代、実技のレッスンはもとより、オーケストラの授業、その他様々な機会で、齋藤先生から脈々と枝分かれした尊い教えを知らず知らずのうちに受けてきたのではないかと思います。今回この素晴らしい賞をいただくにあたり、母校の創設者でもあられる齋藤先生の事をより深く知る機会となり、改めてその音楽に対する熱い想いと行動力、厳しさなど、音楽に限らず、一人の人間として生きていくのにとても重要な様々な事柄、ご自分の「信念」という太い柱をとても大切に生きてこられた方だったのだと感じました。自分にとってその柱は、幼い頃から、そしておそらくこれからも変わらないチェロを愛する気持ちです。これから先も、音楽にまつわる厳しさも喜びも、どちらも存分に経験しながら、揺らぐことのない一本の太い柱を大切に、齋藤先生の残されたものを受け継いでゆけたらと思います。
最後になりますが、幼い頃から沢山の方々のご指導、ご協力、応援のおかげでこの度の受賞となりました。
皆様への感謝の気持ちを忘れずに活動の原動力とさせていただきます。そしてこの尊い賞の名に恥じぬ様、好奇心と挑戦を大切にしながらこれからも常に進化し続け、自分の音と音楽を一生磨き極めてゆきたいです。その事がいつか様々な形で皆様への貢献となり、少しでもご恩返しができます様、益々気を引き締めて精進してまいりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。【贈賞式でのスピーチ】
この度はずっと憧れだった栄誉ある齋藤秀雄メモリアル基金賞をいただき、堤先生、選考委員の先生方、ソニー音楽財団の皆様、そして毛利先生をはじめ今まであたたかくご指導くださった先生方、家族やいつも変わらずサポートしてくださる皆様に、心から感謝の気持ちを申し上げたいと思います。
僕は幼少期、父の仕事の関係でバルセロナで過ごしていたのですが、カタロニア音楽堂やカザルスの生家を訪れたり、夏になると毎週のように海に遊びに行ったりして本当にのびのびと楽しく過ごしていました。日本に戻ると、皆様本当に自分にストイックで楽器もとても上手で驚いたのを覚えています。やはり目標を掲げてそれに向かって努力をすることの大切さや、楽しいことだけでは本当の意味で目標を達成することはできないということに、その時初めて気づかされました。
僕は桐朋学園時代、恩師であった毛利先生は、決して声を上げてお叱りになったりすることはなかったのですが、その穏やかなレッスンの中で、決して音程や音楽については妥協がなく、常にその優しさの中に厳しさがありました。日本人がこうして国際コンクールなどで活躍できるのも、自分を律して辛抱強く努力を惜しまない厳しさがあるというのが、その要因の多くなのではないかと思います。
そしてそれこそが、齋藤秀雄先生が掲げていた音楽や音楽教育の高い理想であり、どんなに厳しい指導も決していとわないという精神なのではないかと思います。僕は今、ヨーロッパで素晴らしい先生方の下で研鑽を積んでいますが、齋藤先生から受け継がれてきたその精神を大切にしながら、いろんなことに興味を持ち、常に高い理想を持ちながら様々なことにチャレンジして、自分らしい音楽を追及していきたいと思っております。
そしていつか人々や世の中のためにできることをして、少しでも皆様に恩返しができればと思っておりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
今日は本当にありがとうございました。 -
沖澤 のどか(指揮)
【受賞の言葉】
この度は、栄えある齋藤秀雄メモリアル基金賞にご選出くださり、誠にありがとうございます。
受賞に際し、公益財団法人ソニー音楽財団の皆さま、小澤征爾先生、堤剛先生並びに選考委員の皆さま、これでまでご指導くださった先生方、いつも支えてくださる先輩方や友人、そして家族に心から感謝いたします。小学生の頃からチェロを習っており、大して上達はしなかったのですが、地元のジュニアオーケストラに入ってからオーケストラに夢中になりました。指揮の道に進みたいとチェロを師事していた先生に相談したところ、真っ先に薦められたのが齋藤秀雄先生の『指揮法教程』でした。何の下地もなかった当時の私には指揮法そのものについてはよく理解できなかったものの、見本として載っていた男性(当時は齋藤秀雄先生ご自身とわかっておりませんでした)の品のある佇まいと姿勢の美しさに感銘を受けたことをよく覚えています。
2018年の東京国際音楽コンクール〈指揮〉で優勝と同時に齋藤秀雄賞をいただき、翌年優勝したブザンソン指揮者コンクールでは「次のセイジ・オザワを目指して頑張れ」とたくさんの方々が励ましてくださり、ありがたいと同時に自分には相応しくないのではないかという思いがずっと拭えずにいました。しかし昨年の夏、松本で初めて小澤征爾先生にお目にかかり、さらに小澤先生がサイトウ・キネン・オーケストラを指揮される場に立ち会うことを許され、そのような考えはむしろ自分本位であり、音楽を豊かにしないと気付かされました。その時に演奏されたモーツァルトのディヴェルティメントニ長調の2楽章は慈しみに溢れていて、小澤先生とメンバーの皆さんのお互いへの、そして音楽に対する深い愛情と尊敬がそのまま音になっているようで心底胸を打たれました。その後SKOに長く在籍されている方から、齋藤秀雄先生がお亡くなりになる直前に音楽合宿で最後に指揮されたのが同じ曲だったと伺い、身震いするような感動を覚えました。
齋藤秀雄先生の教えが日本の、そして世界の音楽家に深く根付き、躍動していることは、直接教わることの叶わなかった私の世代も身をもって感じています。私がドイツに渡って8年が経とうとしていますが、ヨーロッパを中心に活動しているからこそ感じるのは、日本はすでにクラシック音楽の本場であるということです。それは齋藤秀雄先生が礎を築かれ、小澤征爾先生をはじめとするお弟子さんたちが世界へ羽ばたき、日本で次世代に還元されるという素晴らしい由緒あってのことで、当たり前に享受できることではないといつも心に留め、これまで自分が音楽家として生きることだけに必死だった私も、次の世代へ何を残せるか自問しながら、精進して参ります。
【贈賞式でのスピーチ】
この度は栄えある齋藤秀雄メモリアル基金賞にご選出くださり誠にありがとうございます。また、本日はどうしても帰国が叶わずオンラインでの参加ということになってしまいましたが、柔軟にご対応くださり本当にありがとうございました。
この受賞に際して、ソニー音楽財団の皆様、小澤征爾先生、堤剛先生、ならびに選考委員の先生方、これまでご指導くださった先生方、いつも支えてくださる先輩方や友人、そして家族に心から感謝いたします。先ほど堤先生からも少しお話がありましたが、私は小学校のころからチェロを習っており、本当に上達せず練習も嫌いでさぼってばかりだったのですが、地元のジュニアオーケストラに入って他の人と演奏するようになってから、もうオーケストラに夢中になりました。その後高校の吹奏楽でオーボエを吹くようになって、音楽を続けていきたいという気持ちがどんどん大きくなっていったのですが、楽器が高価なのでどうしても買ってほしいということを親に言い出せず、それで思いついたのが「指揮棒だったら自分で買えるかもしれない」と。そういう不純な動機で指揮の道に進みました。指揮を勉強したいということを最初に地元の青森で習っていたチェロの先生に相談したのですが、そこで真っ先に勧められたのが齋藤秀雄先生の有名な『指揮法教程』でした。なんの下地もなかった当時の私にはその指揮法というものはほとんど理解できなかったのですが、本にお手本として載っていた齋藤先生のお写真、その品のある佇まいと指揮姿の美しさに感銘を受けたことをよく覚えています。
2018年の東京国際音楽コンクールで、優勝と同時にありがたいことに齋藤秀雄賞をいただきまして、またその翌年に優勝したブザンソン国際指揮者コンクールではたくさんの方から小澤征爾先生の名前を出していただいて、「次のセイジ・オザワを目指して頑張れ」という励ましをたくさん頂きました。そのような状況をありがたいと感じると同時に、自分には見合わないのではないか、相応しくないのではないのかという気持ちが拭えずにいたのも事実です。
そのままコロナ禍に入りまして悶々とするような日が続いたのですが、昨年の夏に松本で小澤征爾先生に初めてお目にかかり、また、先生がサイトウ・キネン・オーケストラを指揮される場に立ち会うことが幸運にもできまして、その時の特別な音楽経験から、自分が悩んでいるようなことはまったく自分本位であって、自分の音楽や周りと共有する音楽からは人生というものを豊かにしない、そういうことにハッと気づかされました。その時に演奏されたのがモーツァルトのディヴェルティメントのニ長調の2楽章だったのおですが、なんというか慈しみに溢れていて、小澤先生とサイトウ・キネン・オーケストラの皆さんとのお互いに対する、それから音楽そのものに対する深い愛情・尊敬というものがそのまま音になっているようで、とても胸を打たれました。その後、サイトウ・キネン・オーケストラに長く在籍されている方にその時の演奏のことのお礼を申し上げましたら、齋藤秀雄先生がお亡くなりになる直前に音楽合宿で最後に指揮されたのが同じ曲だったと伺い、身震いするような感動を覚えました。高関健先生や尾高忠明先生からも、齋藤先生の教えというのを常に教わってきたのですが、その中でも特に印象に残っているのが、お亡くなりになる前にお弟子さんたちに向かって「実は自分は『指揮法教程』を書き直したいと思っている」と。書き始めたころに必要だったことと、今の日本の音楽家のレベルということもありますし、先生の中で色々お考えが変わったこともあって、自分が納得できないことがあって書き直したいということを晩年におっしゃっていたということがすごく印象に残っていて、いつまでたっても更新し続ける、その学びをやめない姿勢というものにすごく感動しました。
そういう齋藤秀雄先生の教えが日本を飛び出して、日本だけでなく世界の音楽家に深く根付いていて、そして躍動しているということは、直接教わることの叶わなかった私の世代でも身をもって感じています。私がドイツに渡って8年が経とうとしていますが、ヨーロッパを中心に活動しているからこそ感じるのは、日本はすでにクラシック音楽の本場である、ということです。それは齋藤先生が礎を築かれ、小澤先生をはじめとするお弟子さんたちが世界へと羽ばたき、さらにそれを日本で次世代に還元される、という素晴らしい由緒あってのことで、当たり前に享受できるようなことではありません。そのことに常に感謝し、これまでは自分が音楽家として生きていくことに必死だった私も、次の世代へ何を残せるかということを自問しながら、さらに精進してまいります。
本日はどうもありがとうございました。
プロフィール
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上野 通明(チェロ)
2021年ジュネーヴ国際コンクール・チェロ部門で日本人初の優勝を果たし、併せてYoung Audience Prize、Rose Marie Huguenin Prize、Concert de Jussy Prizeと3つの特別賞も受賞。
パラグアイで生まれ、幼少期をスペイン、バルセロナで過ごす。13歳のとき、第6回若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクールで全部門を通じて日本人初の優勝。また、第6回ルーマニア国際コンクール最年少第1位、ルーマニア大使館賞、ルーマニア・ラジオ文化局賞を併せて受賞。ほかにも第21回ヨハネス・ブラームス国際コンクール優勝、第11回ヴィトルト・ルトスワフスキ国際チェロ・コンクール第2位。
次々と国際舞台で活躍し、これまでソリストとしてワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団、スイス・ロマンド管弦楽団、ロシア交響楽団、KBS交響楽団、読売日本交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団など国内外のオーケストラと数多く共演している。また、ジャン=ギアン・ケラス、ダニエル・ゼペック、ホセ・ガジャルド、堤剛、諏訪内晶子、伊藤恵らの著名なアーティストと共演して好評を博している。
放送では、NHK-BS「クラシック倶楽部」、NHK-FM「リサイタル・ノヴァ」、「ブラボー!オーケストラ」、テレビ朝日「題名のない音楽会」などに出演。
桐朋学園大学ソリスト・ディプロマコース全額免除特待生として毛利伯郎に師事し、2015年秋よりオランダの名チェリスト、ピーター・ウィスペルウェイに招かれて渡独。デュッセルドルフ音楽大学でコンツェルトエグザメン(ドイツ国家演奏家資格)を満場一致の最高得点で取得した。2021年からはベルギーのエリザベート音楽院にも在籍してゲーリー・ホフマンに師事。更なる研鑽を積みながら、主にヨーロッパと日本で活発な演奏活動を行なっている。
公益財団法人日本演奏家連盟宗次エンジェル基金、ロームミュージックファンデーション、第44回江副記念リクルート財団奨学生。岩谷時子音楽文化振興財団より第1回Foundation for Youth賞、第6回岩谷時子賞奨励賞、青山音楽賞新人賞、第31回出光音楽賞を受賞。令和3年度文化庁長官表彰を受彰。
使用楽器は1758年製P.A.Testore(宗次コレクション)で、弓は匿名のコレクターよりF.Tourteを、それぞれ貸与されている。 -
沖澤 のどか(指揮)
京都市交響楽団の第14代常任指揮者に任命され、2023年4月に就任する沖澤のどか。3年にわたる1期目の任期の間、著名な日本の同楽団を率い、定期演奏会、教育目的のコンサート、ファミリー・コンサートに従事する。
名高いブザンソン国際指揮者コンクールでは、2019年度に優勝。オーケストラ賞と聴衆賞も受賞した。2018年には最も重要な指揮者の国際コンクールのひとつである東京国際音楽コンクール〈指揮〉1位に輝いた。
2020年~2022年にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のカラヤン・アカデミー奨学生となり、キリル・ペトレンコ氏の助手も務めた。ベルリン・フィルのアカデミー会員らとともに自身のコンサート・プロジェクトを行ったのに加え、2022年3月にはドイツ連邦大統領フランク=ヴァルター・シュタインマイヤーの招聘により、ベルビュー宮殿で行われた「ウクライナのための連帯コンサート」でベルリン・フィルを指揮した。また、2022年5月にカラヤン・アカデミーが50周年を迎えた際には、キリル・ペトレンコ氏と共同で記念コンサートを指揮したのも特筆すべき功績となっている。
ミュンヘン交響楽団では2021年11月に初めて指揮を執ったことに続き、2022/23シーズンにはアーティスト・イン・レジデンスとして指揮台に戻り、様々な形態のコンサートを経験することになる。
現シーズンのハイライトとしては、メルボルン交響楽団、フィルハーモニア管弦楽団、MDR交響楽団、ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団その他の定期演奏会を初めて指揮したことなどが挙げられる。また、NHK交響楽団、読売日本交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、東京交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、オーケストラ・アンサンブル金沢の指揮も定期的に務めている。
30周年記念となったセイジ・オザワ 松本フェスティバル2022には初出演し、ロラン・ペリー演出によるW.A.モーツァルトの「フィガロの結婚」を演奏するサイトウ・キネン・オーケストラを指揮した。
これまでネーメ&パーヴォ・ヤルヴィ両氏やクルト・マズア氏をはじめ数多くのマスタークラスを受講。2019年と2020年の両年度には、リッカルド・ムーティ氏の「イタリア・オペラ・アカデミーin東京」受講生に選ばれた。過去にはオーケストラ・アンサンブル金沢の副指揮者として、また日本や欧州のオペラ制作においてもさらなる経験を積んできた。2020年11月には東京二期会オペラ劇場で上演されたフランツ・レハールの「メリー・ウィドウ」の指揮を行っている。
1987年青森県生まれの沖澤は、幼少期からピアノ、チェロ、オーボエを学んできた。東京藝術大学では高関健と尾高忠明に師事し、指揮専攻で修士号を取得して卒業。2019年にはクリスティアン・エーヴァルトとハンス=ディーター・バウムに師事したハンス・アイスラー音楽大学ベルリンで2つ目の修士号を取得した。ベルリン在住。